労働事件


残業代を支払わせたい

 

 

 私の会社では,夜遅くまでの残業や,休日出勤が普通に行われていますが,残業代は一切支払われていません。思い切って社長に話してみたところ「仕事が遅いのが悪い」「どこの会社でもやっている」などと言われ,挙句の果て「辞めてもいいんだぞ」と怒鳴られてしまいました。なんとか残業代を支払わせる方法はないでしょうか。

 

 

 法定の労働時間(1日8時間,週40時間)を超える時間外労働や深夜労働,休日労働に対して,時間外労働手当が支払われない場合を,俗に「サービス残業」といいますが,その実態は「不払い残業」です。本来であれば当然に残業代が支払われなければなりませんが,質問の事例のように,会社が色々と理由をつけて支払いに応じないケースが多々あります。

  このような場合,相手方の任意の支払いを期待する対応策としては,内容証明郵便で請求する,「個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律」に基づくあっせん制度を利用する,簡易裁判所に民事調停を申し立てる,などの方法があります。これらの制度は利用が容易で,費用も低額(あっせん制度利用は無料)ですが,いずれも強制力をもたず,相手方が話合いを拒否すればそこで終わりです。

 強制力をもった手続の典型は民事訴訟ですが,訴訟は他の手段に比べて手間と時間がかかるのが一般であり,そこまではしたくないという方も多いかと思われます。

そこで,強制力をもちながら,民事訴訟より簡易迅速かつ柔軟な解決を図れる制度として平成18年に創設されたのが,労働審判制度です。労働審判制度とは,個別労働関係の民事紛争について,裁判官と有識者2名で構成される労働審判委員会が事件を審理し,調停または労働審判を行う手続です。

 労働審判制度は,以下のような特徴をもっています。

(1)労働審判委員会は,裁判である労働審判官のほかに,労働関係に関する専門的な知識を有する労働審判員が審理に加わるため,専門性が高い。

(2)原則3回以内の期日で審理を終結させることになっているので,迅速な解決が可能である。

(3)まず当事者の合意による解決である調停を試みて,調停が成立しない場合には,権利関係を踏まえつつ事案の実情に即した解決を図るために相当な労働審判を言い渡すことになるので,柔軟な解決が可能である。

 労働審判手続の対象となるのは,解雇・雇止め・配転・出向・降格・降級の効力を争う紛争,賃金・退職金・解雇予告手当・時間外手当・損害賠償などを請求する紛争など,個々の労働者と事業主との間に生じた民事紛争で,ここに挙げた以外にも様々な事案が対象となりえます。

実際の進行としては,最初に申立書や証拠を提出し,裁判所から1回目の期日が指定された後,相手方はその期日までに答弁書を提出します。1回目の期日で争点や証拠の整理が行われ,2回目の期日では主張の補充や証拠調べが行われ,基本的にここで主張立証が終了します。この間に調停による解決の見込みがあれば,調停手続を行って柔軟な解決が図られ,実際に,約70%の事件が調停で終了しています。

 3回目の期日までに調停が成立しない場合には,労働審判(訴訟でいえば判決にあたります)が出され,2週間以内に異議を申し立てなければ労働審判が確定します。調停が成立した場合または労働審判が確定した場合は,訴訟で和解が成立した場合と同じ効力が生じ,相手方が従わなければ強制執行も可能になります。また,労働審判に異議を申し立てた場合は,自動的に通常の訴訟に移行します。なお,労働審判は,調停やあっせんと異なり,相手方に出頭義務が課せられており,拒否した場合は罰金が科されます。

 労働審判は,このように強制力をもち,迅速かつ柔軟な解決を可能とする制度ですが,短い期間で決着がつく分,申立前の周到な準備が重要です。残業代金の立証方法は色々ありますので,簡単にあきらめずに,弁護士にご相談下さい。ただし,残業代請求権は2年間で時効消滅し請求できなくなりますので,お早めのご相談をお勧めします。