法律相談例


母の遺言書を作成したい

母は、2年ほど前から軽い認知症と診断されています。父はすでに他界しており、母の面倒は私がみてきました。私には兄がいますが、数年前に母と大喧嘩をして以来、母の世話をするどころか電話の一本もかけてこない状態です。母は、これまでずっと身の回りの世話をしてきた私に、全ての財産を相続させたいと言っていますが、そのような遺言書を作成することは可能でしょうか。後で兄にクレームをつけられるのではないかと心配です。

母の遺言書を作成したい

遺言書作成についてのご相談ですね。まず、遺言を作成するにはどんな方式があるのか、簡単にご説明します。

 一 自筆証書遺言
   遺言をする人(遺言者)が、遺言の全文と日付及び氏名を書いて印を押せば作成できるもので、一番簡単な方法ともいえます。しかし、後になってトラブルが多いのもこの方法です。もっともよく目にするのは、パソコンで作成したために遺言が無効とされる場合ですが、これは「自筆」証書遺言である以上、遺言者が自分の手で書くことが必要だからです。また、遺言の内容が法律的に不明瞭などの理由で、相続人同士の紛争となることもあります。さらに、遺言者が亡くなって相続が開始してから、家庭裁判所での検認(相続人全員を呼び出して遺言書の状態を確認する)が必要であるなど面倒な手続もありますので、あまりお勧めしておりません。
 二 公正証書遺言
   公証役場の公証人が遺言者の遺言の意思を確認して作成する遺言書です。具体的には、証人二人以上が立ち会い、遺言者が公証人に遺言内容を説明し、公証人がこれを筆記して(実際は事前に文書を作成しておきます)遺言者と証人に読み聞かせ、内容が正確であることを確認して、遺言者と証人が署名押印します。さらに、公証人が方式に従って作成した旨を付記して署名押印して完成し、原本は公証役場で保管してもらえます。公証人の手数料も必要ですし、少し面倒に思われるかも知れませんが、法律の専門家である公証人が作成するので内容が明確で、紛失・偽造などの心配もないので、後の紛争を防止できるきわめて有効な方法です。通常は公証役場に出頭して作成しますが、身体が不自由なときなどは、病院や自宅まで公証人に出張してもらい作成することもできます。
 三 秘密証書遺言
   遺言者が、遺言内容を記載した文書を作成して署名押印し、封筒に入れ、遺言書に押印したものと同じ印鑑で封印します。そして、公証人及び証人の前に封書を差し出して遺言書を作成したことを申し述べ(申述)、公証人がその申述や日付を封紙に記載したあと、関係者全員が署名押印する手続が必要です。公正証書遺言と同じく遺言者が遺言を作ったことが公証人により明らかになり、しかも自筆証書遺言と同様に遺言内容の秘密が保たれますが、後の紛失の危険や遺言内容そのものが不明確になるおそれといった弱点も自筆証書遺言と同様です。こうした弱点を避けるには、弁護士やその事務員といった守秘義務がある者に証人を依頼して公正証書遺言を作成することで、公正証書遺言の確実性と自筆証書遺言の秘密性を同時に満たすことができます。
   
 さて、ご相談の内容についてですが、まず、お母様がどのような精神・身体状態なのか医師に確認することが大切です。遺言書を作成する人には意思能力(遺言内容の結果を自分で判断しそれを表明する能力)が必要ですが、認知症の場合、薬の服用により全く健常な判断能力を有している方も多く、一時的に意思能力が認められない状態がある方でも本心に服している時であれば作成は可能です。
 次に、遺言の方式については、お母様の状態や遺言内容からすると、後日にお兄様と遺言の効力などにつき争いになる可能性があると思われますので、公正証書遺言の方式が適切です。また、念のために遺言作成時のお母様の精神・身体状態について、遺言内容が理解できる程度であることを示す診断書を主治医に作成してもらうことも有益です。
 最後に、全ての財産を相談者に相続させるという遺言内容についてです。お兄様には「遺留分」という権利があり、遺言によっても奪うことができない遺産の一定割合を相続することができます。お母様の相続人が相談者とお兄様の2名だとすると、お兄様の遺留分は相続財産全体の4分の1の割合となります。ただし、遺留分を主張するためには請求の意思を示すことが必要で、相続が開始し(お母様が亡くなり)、かつ、お兄様が遺言内容を知ったときから一年内に請求の意思表示をしなければ遺留分の権利が時効で消滅してしまいます。さらに、現実にお兄様が遺留分の遺産を取得するには、裁判等を起こさなければなりません(遺留分減殺請求の裁判等)。
 したがって、お兄様からの請求が、お母様の死後で遺言内容を知らせてから一年内になされなければ、お母様の希望どおり相談者が全遺産を取得することになります。また、お兄様と遺留分についての裁判を争うことを避けるには、全遺産の4分の1程度の財産はお兄様のものとする遺言内容にするという工夫をする必要があります。そして、こうした工夫をする余地がなく、どうしても全遺産を相続人に取得させたいとのお母様の意思を貫くためには、お母様の生前にお兄様に対して直接にお話してもらい、お兄様の理解を得ておくことのほかはありません。今すぐにお兄様に納得していただくのは難しいかもしれませんが、少しずつでも努力を重ねていただければと思います。